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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)245号 判決 1994年7月19日

原告 埼玉県医学技術専門学校設立委員会

被告 厚生大臣

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が平成四年九月一一日付けで通知(健政発第五八九号)した埼玉医学技術専門学校(仮称)に係る柔道整復師養成施設の設置計画を承認しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が提出した柔道整復師養成施設の設置計画書について、被告が右設置計画を承認しない旨通知したことから、これを不服とする原告が、右不承認は違法な行政処分であるとして、その取消しを求めた訴訟であり、被告の右不承認が取消訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかが争われたものである。

二  争いのない事実

1  原告は、柔道整復師養成施設である埼玉医学技術専門学校(仮称)(以下「本件施設」という。)の設立準備委員会である権利能力なき社団である。

2  柔道整復師法(以下「法」という。)一二条によれば、柔道整復師試験の受験資格は、大学に入学することのできる者で、三年以上、文部大臣の指定した学校又は被告の指定した柔道整復師養成施設において解剖学、生理学など柔道整復師となるのに必要な知識及び技能を修得したものとされている。

そして、右柔道整復師養成施設(以下「養成施設」という。)の指定を受けるためには、設置者が、その所在地の都道府県知事を経由して、被告に対し、申請書等を提出しなければならないものとされており(柔道整復師学校養成施設指定規則(以下「本件規則」という。)二条)、さらに、「柔道整復師養成施設指導要領」(平成元年九月二九日付け健政発第五二五号各都道府県知事宛厚生省健康政策局長通知。以下「本件指導要領」という。)によれば、養成施設を設置しようとする者は、右指定申請に先立って、所定の事項を記載した養成施設設置計画書(以下「設置計画書」という。)を、都道府県知事を経由して被告に提出することとされている。

3  原告は、埼玉県内において養成施設を設置することを計画し、本件指導要領に従って、本件施設の設置計画書等を作成し、平成四年五月一五日、埼玉県知事を経由して被告に提出した。

4  被告は、あん摩、マッサージ、指圧、はり、きゅう、柔道整復等審議会(法二五条)に諮問したところ、同審議会は、平成四年六月一七日、原告の本件施設の設置計画(以下「本件計画」という。)を認めることは適当ではないとの意見を被告に提出した。

5  被告は、右審議会の意見を受けて、本件計画を承認しないこととし、平成四年九月一一日付けで、原告にその旨を通知した(以下「本件不承認」という。)

6  原告は、平成四年一一月一九日、被告に対し、本件不承認について異議申立てをしたが、被告は、平成五年六月二三日、実体判断をしたうえで右申立てを棄却し、同年七月八日、原告にその旨を通知した。

三  争点

本件不承認は、行政事件訴訟法三条二項に定める取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「行政処分」という。)であるかどうか。

四  争点に関する当事者の主張

(被告)

本件指導要領に定める設置計画書の提出は、養成施設を設置しようとする者に、予め、設置計画についての基本的な事項を提出させることにより、その後の指定の申請に係る審査の円滑化、迅速化を図るとともに、設置計画書の提出者に、設置計画に関する行政上の一応の指針を示してその便宜を図ることを目的として行う行政指導の一形態であって、本件規則二条所定の指定の申請手続とは別個のものである。そして、本件不承認は、あくまで本件計画に対する被告の見解を示したものであって、養成施設の指定について判断したものではなく、本件不承認がされたからといって、原告が養成施設の指定の申請をすることができなくなるものでもない。したがって、本件不承認は、原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではなく、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、本件訴えは不適法である。

(原告)

1 設置計画書の提出手続と養成施設の指定の申請手続とでは、ともに施設の所在地の都道府県知事を経由して被告に対し行うものとされているほか、添付書類の記載事項も大部分共通しており、また、指定申請書の記載事項となっている事項については、事実上、設置計画書の提出の段階において当該事項を記載した書類の提出を求められ、これを提出しているのである。そして、被告は、設置計画の審査の段階で、実際上は、指定申請についての審査も行っているのであり、設置計画が承認されさえすれば、そのまま指定申請に対する指定がされているのである。このように、設置計画の承認・不承認と指定申請に対する指定・不指定の処分とは、一体のものととらえるべきであり、本件不承認も取消訴訟の対象となり得ると解すべきである。

現に、被告は、本件不承認に対する原告の異議申立てについて、行政処分に当たることを前提として、その適否について実体判断を行ったうえ、これを棄却しており、被告自らも本件不承認が行政処分に当たることを認めていたものである。

2 被告が本件計画を不承認とした以上、原告が指定の申請をしたとしても、指定が拒否されることは明らかである。このような場合に、改めて指定申請、拒否処分、異議申立てという手続を経て、新たに指定拒否処分の取消しの訴えを提起しなければ、紛争が解決できないとすることは迂遠であり、紛争の一回的解決という要請に反するものであって、本件施設の指定をめぐる紛争は、本訴によって終局的に解決すべきである。

第三争点に対する判断

一  行政事件訴訟法三条二項に定める取消訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁が優越的な地位に基づき公権力の行使として行う行為であって、国民の権利義務又は法律上の利益に直接影響を及ぼすものをいうと解するのが相当である。

二  原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の五によれば、本件指導要領は、養成施設の指定及び指導に関する行政上の指針を明らかにしたものであり、養成施設を設置しようとする者は、養成施設の名称、位置、設置予定年月日、入学予定定員などを記載した設置計画書を授業開始予定日の一年前までに被告に提出するものとし(同要領の1)、また、養成施設の指定の申請は、右設置計画書の提出とは別に、遅くとも授業を開始しようとする日の六か月前までに被告に対して行うこと(同要領の2)と定めていることが認められる。

右設置計画書の提出及び指定の申請は、いずれも設置予定地の都道府県知事を経由して行うものとされてはいるが、右のとおり、設置計画書の提出は、指定の申請に先立って行われるもので、指定の申請行為とは別の手続であり、いわばその準備的な手続としての意味を有するものと解される。しかし、法はもとより本件規則にも、指定の申請とは別に、右のような事前の手続を定めた規定は存在しておらず、設置計画書の提出は、本件指導要領によって初めて定められたものであり、いわゆる行政指導の一環として、養成施設を設置しようとする者に対し設置計画の内容の報告を求めることとした事実上の手続とみるのが相当である。すなわち、本件指導要領は、養成施設を設置しようとする者から設置計画の概要を提出させることによって、被告が、設置計画の段階でその計画の内容を事実上検討し、予め不適切な施設を設置することを防止するとともに、指定申請の審査の円滑化・迅速化を図ることなどを意図したものであり、設置計画書の提出は、具体的な法令の根拠に基づかない、いわゆる行政指導の一環として行われる事実上のものに過ぎないということができる。

右のとおり、設置計画書の提出が行政指導として事実上行われる指定申請の準備的な手続であることからすれば、設置計画書の提出は、指定の申請をするための法律的な要件でないことはもとより、仮に被告がその設置計画を承認したとしても、そのことは、事実上、提出者に将来指定を受けられるであろうとの期待的な地位を与えるにとどまり、それ以上に何らかの権利ないし法律上の利益を設定、付与するものではない。とすれば、設置計画書の提出者は、たとえ被告から当該設置計画を承認されなかったとしても、これによって、その権利又は法律上の地位が侵害されるということはなく、また、指定の申請をすることを妨げられるものでもないということができる(結局、被告の設置計画に対する承認、不承認は、具体的な法令の根拠に基づかない事実上の意見の表明ないし勧告といったものに過ぎない。)。

そうすると、本件不承認は、原告の権利義務又は法律上の利益に特段の影響を及ぼすものとはいえないから、取消訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである。

三  ところで、原告は、設置計画の承認・不承認と指定申請に対する指定・不指定の処分とは一体のものであり、本件不承認も取消訴訟の対象となり得ると解すべきである旨主張する。確かに、事実上、設置計画が承認されれば、指定の申請も認められる可能性が高いであろうし、逆に、設置計画が不承認とされれば、指定の申請をしても拒否される可能性が高いといえるであろうが、そのことは、あくまでも事実上のものに過ぎないのであって、両者の間に右のような事実上の関係があるからといって、右承認・不承認が何らかの法律上の効果を有していることになるわけではなく、本件不承認をとらえて取消訴訟の対象となる行政処分に当たるということはできず、原告の右主張は失当である。なお、被告は、原告の異議申立てについて、本件不承認が不服申立ての対象となる処分であることを前提に実体判断を行っているが、行政不服審査において実体判断が行われたことと、その行為が取消訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかということとは、別個の問題であり、右の点は本件不承認の行政処分性を否定することの妨げとなるものではない。

また、原告は、本件不承認がされた以上、指定の申請をしても拒否されるであろうことは明らかであるから、新たに指定の申請を行って、その拒否処分の取消しの訴えを提起しなければならないとすることは、紛争の一回的解決の要請に反する旨主張する。しかしながら、既に説示したとおり、設置計画の承認・不承認は、単なる行政指導上の措置に過ぎず、原告の法律上の地位に影響を与えるものではないのであるから、仮に本訴において本件不承認が取り消されたとしても、原告は何らの権利、利益も回復するものではなく、原告が本件施設について被告の指定を受けるためには、改めて指定の申請をしなければならないし、これに対し被告はその指定を拒否することもできるのであって、結局、本訴によっては、本件施設の指定を巡る紛争は何ら解決されないというべきであり、紛争の一回的解決をいう原告の主張は失当というほかない。

四  以上のとおり、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤久夫 橋詰均 武田美和子)

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